ICT特別号

道徳の教科特性をふまえた
デジタルコンテンツの効果的な活用とは

東京学芸大学教職大学院教授 齋藤さいとう 嘉則よしのり

 

ーーGIGAスクール構想の実現に向けてデジタルコンテンツが積極的に活用されています。特別の教科道徳(以下道徳科)での活用についてどのようにお考えでしょうか?
 教育現場では、デジタルコンテンツが積極的に活用されるようになりましたが、これらの効果や有効性については教科の特性によって異なると思います。たとえば、外国語(英語)科の会話で場面状況を提示する時や、社会科や理科の資料の提示や変化の過程を見る際には、デジタルコンテンツは非常に有効ですし高い質の教材が求められると思います。
 「道徳の時間」(現在は、道徳科)は昭和33年に特設以来、多くの先生方がご苦労されながら読み物教材の活用を中心に子どもたちの道徳性を育んできました。ここで、なぜ『読み物教材』なのかという点に着目してみます。
 東京大学で言語脳科学を研究されている酒井邦嘉教授によれば、文字は脳に入力される情報量が映像や音声よりも少ない分、想像力で補うことが増えるために自分の言葉で考える活動が増えるのだそうです。つまり、豊かな想像力を養うためには、映像<音声<文字の順で効果が高いということができます。
 このことを踏まえると、道徳で読み物教材が活用されてきた理由が分かります。子どもたちが育ってきた環境や経験は一人一人異なり、道徳性の発達もバラバラですから、共通のものとして提示される読み物教材から何をどう受け取るかも一人一人違います。
 教材を起点としてそれぞれで考えを深めていく際に必要なのは想像力です。この時、教材として映像を提示すると、作り手の解釈が入ってしまうことは否めません。音声、つまり朗読も声色やシチュエーションによって物語の印象は大きく変わります。こうなると、場面状況がある程度決められてしまい、想像の幅が限定され、自分のこれまでの生き方を振り返りながら自己に向き合う深い学びが限定的になる可能性が出てきます。道徳科の場合は、このような教科の特性を踏まえた上でコンテンツを考えていかなくてはならないということが今後の大きな課題であると考えます。

ーーでは、道徳科でデジタルコンテンツに適しているのはどのような教材でしょう。
 読み物教材の内容を補足する資料については、コンテンツとして用意してあるといいと思います。社会的な背景や理科的な知識などのように基本的な情報として理解が必要な資料では有効です。昔の物語であれば、当時の人々の暮らしが分かる資料や、実際の映像があれば貴重な資料として活用できます。教材を理解するための予備知識としての資料も適しているでしょう。
 一方で、子どもたちの想像力を狭めたり、誘導したりしてしまう可能性が高いものは、道徳の本来の目的を見失う可能性があるので、十分な検討や配慮が必要だと思います。理想を言えば、コンテンツが持つ意味、活用の意義を明確にした上で、「この教材では、授業のこのタイミングでこのコンテンツを提示するとよい」というようなナビゲーションが付いていると扱いやすいと思います。また、子どもの発達特性に対する合理的配慮が必要な場面で、デジタルコンテンツの活用が必要な場面もあるかもしれません。

ーー教科書、教材の今後についてどのようにお考えでしょうか。
 世の中の流れには抗えませんから、教科書も教材もデジタル化はますます進むでしょう。その上で紙の利点を活かすための研究がされていくと思います。質感や使い勝手などを紙に近づけていく技術はどんどん実現されていくでしょうし、新たなデバイスが登場するかもしれません。しかも、AI の目覚ましい進化でわれわれ人間の思考の行方も大きく影響を受ける状況です。
 世の中は大きな変化の中にありますが、学校教育においては、学習指導要領を教育課程編成の基準に捉え、その効果を今まで以上に注意深く検証しながら学びの環境を順次改善、整えていくことが必要になると思います。

*酒井邦嘉『脳を創る読書―なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか』, 実業之日本社 , 2011年

RANKING